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下水道(げすいどう)は、主に都市部の雨水および汚水を、地下水路などで集めた後に公共用水域へ排出するための施設・設備。下水道は水を排出する施設であり、水を供給する施設である上水道と対置される。多くは浄化などの水処理を行う。
下水道の役割は国によって異なり、時代によっても大きく変遷している。日本、アメリカ合衆国、イギリスなどでは、下水道は都市域の排水システムとして構築され、その後の工業化による水質汚濁に対応するためその下水の処理も付加されてきた歴史を有する。例えば日本では下水道法2条で「下水」や「下水道」が定義されているが、この定義は日本で整備されるものを前提とした固有のものであるため、「下水」からは農業排水が除外されているほか(条文上の「耕作の事業を除く」)、「下水道」からは浄化槽も除外されている。しかし、浄化槽や農業排水なども含めて下水の処理を考察しなければならない場合もあり、これらも含めた「広義の下水道」について論じられる場合もある。
下水道には以下のような役割や効用があるとされる。特に衛生面では、赤痢やコレラなど水系伝染病の防除、トイレの水洗化による居住環境の改善や悪臭の防除、ドブ等の改善による蚊やハエの発生の抑制、汚濁源の削除による河川や水路の水質改善、低湿地の排水状況の改善といった効用がある。
下水道は都市基盤整備の一環として多額の建設費を投じて整備され、完成後も維持管理や更新に多額の経費を要す国家レベルの公共事業である。それゆえ先進国ほど普及率が高い傾向を示している。
日本の下水道普及率は2022年3月時点で81.0%とかなりの水準を達成してはいるが、先進国としては低い値であるうえ地域格差が非常に大きく、未普及地域における早急な整備が求められている。
一方、開発途上国では先進諸国で用いられているような水洗式下水道施設を単純に持ち込むことは一部の人口が集中した都市を除いて的外れになりかねないという指摘がある。世界銀行(世銀)の調査では既存の下水処理技術は開発途上国には不向きなものが多いとし、これに代わるサニテーション(衛生処理)の整備も図られている。
下水道が整備された地域でも、流れ込んだ水が常時100%処理されるとは限らない。集中豪雨の雨水や、起源不明の「不明水」などが流入して処理が追い付かないこともある「不明水」流入、あふれる下水 自治体苦慮『日本経済新聞』朝刊2018年5月20日(社会面)2018年5月22日閲覧。。
下水の排除方式には水で流し去る水運式や暫時保留して時々搬出する保留式などがあるが、下水道は水運式にあたる。水運式には以下の合流式と分流式がある。
下水道は下水渠と下水処分の過程で構成される。下水渠は、下水をできるだけ速やかに排除して、処理し、または処分場に送るための渠である。下水処分は自然作用に任せるものを(狭義の)処分というのに対し、物理学や化学、生物学などの原理を応用してある程度まで安定無害化することを処理といい、あわせて広義の処分という。
近代下水道は19世紀のヨーロッパでコレラ、ペストの大流行をきっかけとして整備されるようになった施設で、在来の雑排水路とは異なり、汚水を発生源から速やかに排除することによって蚊や蝿の発生を抑制し、病原性微生物による伝染病の予防、悪臭の排除や視覚的な環境整備の役割をもつものをいう。
下水道管の敷設は地下鉄の建設などと同じく地下トンネル技術が応用され、開削工法と非開削工法に分けられる。このうち非開削工法には、シールド工法、推進工法、山岳工法などがある。なお、山岳工法は山地部などで発電用導水路トンネルなどを設置するのに用いられている工法であるため、説明を割愛する。
開削工法は所定の深度まで地表面から掘削していき、トンネルを構築した後に上部を埋め戻す方法である。
シールド工法はシ-ルド(シールドマシン)と呼ばれる円筒状の掘進機を先端に付けた掘進用のジャッキで掘削を行うもので、掘削を行いながら後方部で断面を支保する覆工(セグメント組立)を行い、トンネルを掘り進めるものである。
推進工法は立坑を設けて推進力の反力受けを設置し、そこからジャッキで推進管を地中に圧入し、刃口部で土砂の掘削と搬出を行い、後方部から推進管を継ぎ足しながら管渠を敷設するものである。19世紀末にアメリカで開発され、下水道には昭和28年から採用された日本下水道管渠推進技術協会:推進工法の概要。
マンホールポンプは管渠が深い箇所や水路横断が必要な箇所のマンホール内に設置される小型のポンプをいう。
古今東西を問わず都市を建設する際には、特別な排水施設を必要としない場所に立地することが常識とされていたが、それが困難な場合には排水施設の整備が最も重要とされた。
世界最古の下水道は、メソポタミア文明のチグリス・ユーフラテス川沿い(現在のイラク)のウル、バビロン、ニネヴェなどの都市に整備されたものといわれている。時代が下って、インダス文明のモヘンジョダロ(パキスタン)などにも、各家にトイレと風呂があり、その排水が雨水排除を兼ねた下水渠に接続されていたことが分かっている。
中世のヨーロッパでは街路に汚物が投棄されるなど衛生環境は劣悪だった。1374年にはパリのモンマルトル地区で下水道が建設されたが、都市全体の計画的なものではなく、造りやすいところから導入する場当たり的なものだった。
イギリスでは1388年にケンブリッジで最初の都市衛生法が制定され、河川等への汚水の投棄が禁じられた。1531年にはフランスのパリで各家に便所を設置することを定めた法律が制定された。しかし、その他の都市では人口増加による衛生状態の悪化によってペストの流行などが起きたものの、衛生施設の技術的な発展はみられなかった。
イギリスでは産業革命以降の都市人口の急増に伴って衛生状態は悪化し、コレラの大流行を招いていた。そのため1848年からテムズ川沿いに「遮集渠」の建設が始まった。1859年にはテムズ川両岸で本格的な幹線下水道の建設が始まり、1868年に完成するとコレラの発生は激減した。しかし、当初、下水は未処理のままテムズ川へ放流していたため、テムズ川の水質汚濁が問題となり、1882年に未処理放流を禁止して沈殿処理を行い、汚泥は海洋へ放出する手法がとられた。
ドイツのベルリンでも1872年に水洗トイレの使用を義務付ける下水道計画の最終答申案が出され、市議会で承認されたことから、1873年に下水道工事に着手した。その結果、ベルリンの下水道普及率は1890年には50%、1900年までにはほぼ100%となった。
フランスのパリでは1856年に下水を自然流下で郊外に通し、それをセーヌ川に放流する下水道基本計画が市議会で承認され、1861年に完成した。また、パリでは1894年に水洗トイレの使用が義務付けられた。
日本の下水道の起源は弥生時代の環濠集落まで遡ることができ、池上曽根遺跡(大阪府和泉市)では弥生時代中期には下水やし尿を環濠に排出するシステムがあったことがわかっている。
近代式下水道は18世紀以降に水系伝染病予防や地域環境改善の施設としして建設されたものをいうが、日本で最初といわれることもある東京の神田下水も当初は雨水排除が目的であった。そのため近代式下水道との明確な区分は困難であまり意味がないと指摘されている。
江戸時代末期になると外国人居留地が建設された横浜で、1871年(明治4年)にイギリス人技師ブラントンの計画をもとに陶管による下水道が整備された。
さらに1881年(明治14年)らは神奈川県技師の三田善太郎が、外国人居留地周辺の日本人街に石造下水道施設を整備し、これが日本初の日本人による日本人のための近代下水道といわれている。
イギリスでは環境局(Environment Agency)が上下水道事業に係る政策決定を行っている。
イングランド及びウェールズの上下水道事業は各地方公共団体が所管する事業体によって行われていたが、1989年の完全民営化により上水道と下水道を行う上下水道会社または上水道のみを行う水道会社が運営している。
北アイルランドの上下水道サービスは2007年4月に設立された政府系のNorthern Ireland Waterが行っている。
社会インフラでは道路・鉄道・上下水道等でヴィクトリア朝時代(19世紀後半)に整備されたものが未だ多く利用されている状況にあり、老朽化や上下水道の管渠からの漏水が問題になっている。また、ヴィクトリア朝時代に完成した下水道システムは、ロンドンの想定人口を400万人として整備されたが、その後の人口は約2倍になっており下水道の処理能力の容量不足も問題になっている。
アメリカの上下水道事業は歴史的には民間事業主が担ったが、人口増加や公衆衛生の観点から地方自治体が担うようになった。その後、水道事業の費用の削減や効率化のために民間事業者に委託する事例も出ており、地域によって民間事業者が実施している地域と地方自治体が実施している地域が混在している。
日本における広義の下水道は、国土交通省所管の下水道法上の下水道と、農林水産省所管の集落排水や環境省所管の浄化槽など下水道法上の下水道以外のものに分けられる。
なお、日本の水質汚濁防止法で定める特定施設に対しては、その水質について地方自治体などの下水道事業者による排除基準東京都下水道局:事業場排水の水質規制関連が設けられる。
なお、公共下水道のうち、市町村が自ら終末処理場を設置・管理するものを単独公共下水道といい、流域下水道に接続するものを流域関連公共下水道という。また、2015年(平成27年)の下水道法改正により、多発する浸水被害への対応として、主として市街地における雨水のみを排除するため、河川その他の水域もしくは海域に雨水を放流するものまたは流域下水道に接続するものを雨水公共下水道と位置づけている。
公共下水道の設備は下水道管、取付管、公共ますなどからなり(以上は原則として市町村が管理)、家庭から排出される汚水や宅地内の雨水を公共ますまで流すため、各宅地内に私設ますや排水管が設置される。宅地内の排水設備は個人が設置と維持管理を行う。
都市下水路は下水道法第2条第5号に定められた「主として市街地における下水を排除するために地方公共団体が管理している下水道(公共下水道及び流域下水道を除く。)で、その規模が政令で定める規模以上のものであり、かつ当該地方公共団体が第27条の規定により指定したもの」をいう。
下水道法上の下水道とは別に、下水道法上の下水道以外の農業集落排水施設や合併処理浄化槽等などの汚水を処理する類似施設を総称して「下水道類似施設」という。この下水道法上の下水道以外のものには、農林水産省所管の集落排水や環境省所管の浄化槽などがある。なお、下水道法上の下水道及びこれら下水道類似施設を総称して「汚水処理施設」という。
下水道整備などの進捗状況を、人口に占める割合などで表した指標で、国が集計する。対象により数種あり、人口に依らないものもある。人口データには住民基本台帳人口を使用するため、外国人は含まれない。全国集計の基礎となる県や市町村レベルの値も、一部で公表されている。
都道府県別では普及率トップ5は東京都、大阪府、神奈川県、埼玉県、愛知県。ワースト5は徳島県・和歌山県・高知県・鹿児島県・香川県。
下水道事業は、社会生活において重要な公共サービス・社会インフラであるが、その反面、様々な問題点・課題を抱えている。
下水道の整備は地方公共団体の財政事情や地形的特質に大きく影響されるため、地域格差が大きい。
例えば、基礎自治体ごとの普及率が東京都や神奈川県では概ね100%であるのに対し、徳島県は30%台である(平成29年度末時点、西日本は低く、東日本は高い傾向にある)。また、市町村ごとに見ると人口規模が小さいほど普及率は低く、10万人以下で全国平均を下回る。
ただし、下水道類似施設や合併処理浄化槽があるため、必ずしも「普及率が低い=汚水処理が進んでいない」訳ではない点に注意すべきであり、令和3年度末時点での汚水処理人口普及率は、和歌山県が69%、徳島県は67%となっている。
新しく下水道の整備を行うとき、事業実施主体(市町村)は公共汚水ますまでの工事を実施する。宅内の排水設備工事費用は個人負担となるため、下水道への接続については下水道法により供用開始の公告の日から概ね3年をめどに接続するよう義務づけられている(下水道法第11条の3)ものの、経済的理由等により放置されていることがあり、水洗化率が延びない要因となっている。下水道に接続しない場合、合併処理浄化槽が義務づけられる以前に建築された家屋から排出される家庭排水は、未処理のまま垂れ流されていて、河川の汚濁原因の一つとなっている。なお、新築や改築の場合、建築主事の建築確認を受けることとなるが、下水道処理区域内に所在しているのにもかかわらず、下水道以外の方法で汚水を処理する申請は原則として確認を受けることはできない(下水道法第10条)。
除害施設とは下水道に対する「下水による障害を除去するために必要な施設」であり、社会の共有施設である下水道を自らが損ねてしまう事を防ぐため利用者が自らの責任で設置・管理するものである。
なお、除害施設を有する事業者は、除害施設管理責任者を選任し、適切な維持管理を行わなければならない。
下水処理に伴い多量の汚泥が発生する。ロンドン条約批准により日本国内でも廃棄物処理法が改正された。2007年4月から公共下水道から除去した汚泥の海洋投入処分が全面禁止になり、現在では下水汚泥の全量が陸上処理されている。
多くの下水汚泥が産業廃棄物として埋め立て処分されているが、埋め立て用の最終処分場が不足してきており、多くの産業廃棄物の不法投棄事件の投棄物中に下水汚泥が見られる。
対策として、固形燃料化や溶融スラグ化が行われているが、多額の建設費と維持管理費が必要であり、一部の大都市でしか進んでいない。また、製造されるブロック等の製品も強度など品質上の問題があり、有効利用はあまり進んでいない。近年、焼却灰をコンクリート原料である砂の代替品として利用する、セメント原料としてのリサイクル率が向上している。
下水汚泥は、多量の肥料成分を含んでおり、コンポスト化などによる堆肥等への有効利用が最も安価で簡単な方法であるが、日本では肥料の品質の確保等に関する法律における有害金属含有量基準が厳しく、工場排水などを多く取り込んでいる場合は難しい肥料取締法では汚泥を使用した肥料は全て登録肥料となる。農林水産省は、下水汚泥や人糞は農林物資の規格化及び品質表示の適正化に関する法律(JAS法)による有機JAS認証を受けるためのなどの「有機肥料」の原料に使用できないとしている。。
このほか、下水汚泥に含まれる有機物を発酵させて、バイオマス燃料となるメタンガスを取り出し、固定価格買取制度を利用した消化ガス発電や、汚泥を減量化する取り組みが広がっている下水汚泥でバイオマス 中能登町で稼働 北陸電に売電『日本経済新聞』朝刊2017年10月20日(北陸経済面)2018年11月9日閲覧。。
管路施設は、物理的(土圧や車輌の重量、水圧、摩耗)、化学的(硫化水素等による腐食)、生物学的(樹木の根が水を求めて侵入する)に厳しい環境に長期間さらされており、布設から数十年が経過した管路は老朽化し、周囲の土砂を引き込んだ結果、空洞を形成して路面の陥没事故を発生させる事案が全国で相次いでいる(平成17年度で6600件)。通行中の車や人が転落する事故も起きており、維持管理の重要性が増すとともに、維持管理費も大幅に増加している日本国国土交通省 都市・地域整備局 下水道部:下水道施設の改築等。
これは戦後日本の下水道管が陶管・石管等の代わりに、腐食に弱いヒューム管と呼ばれる鉄筋コンクリート製の材料を使用してきたことによる。下水管内は硫化水素等の腐食性のガスが発生しやすく、汚水が滞留した場合、コンクリートが腐食し破損することがある。現在、長寿命化対策として管路施設の内面更生を行う自治体も多いが、管路の入れ替え時には、仮設のバイパス管を設置する等、新設時よりも費用がかかる傾向にある。下水道の建設には国からの補助金はあるが、それでも国庫補助金の裏財源に充てた起債の償還に苦しむ自治体が多い。将来はさらに、多くの自治体が更新費用の増加・捻出に苦労することが予想される。
また、阪神・淡路大震災において、処理施設は比較的早く回復したが、管路施設については復旧まで時間がかかっており、地震等の災害に対する脆弱性も問題視されている。
下水道料金は、水道使用量とリンクしているため、井戸水を併用して下水道に放流している分は料金には反映されない。このことからあらかじめ井戸水のくみ上げ配管にメーターをつけたり、定額の利用量を自治体から認定してもらう等の手続きを行うこととなるが、私有地や施設内への立ち入り調査には限界があり、しばしば不正行為も行われる。自治体による不正行為の高額請求額の例として、大津市がロイヤルオークホテル スパ&ガーデンズ(運営会社は2020年4月に破産申請)に対して行った使用料13100万円、過料39500万円というものがある。ホテル側は30年間下水道の不正利用を行っていたが、徴収対象となったのは時効分を除いた5年間のみである。