自動販売機

自動販売機(じどうはんばいき、)とは、不特定多数の人間が通貨貨幣)もしくはそれに代替するカードなどを投入して対価を払うことで自動で商品(物品)の購入やサービスの提供を受けることができるようにした機器意匠分類定義カード(J5) 特許庁自販機(じはんき)とも略される。乗車券食券などの券を販売する機械については「(自動)券売機」とも言う。

概説

自動販売機とは、お金を支払うと(たとえば現金(硬貨や紙幣)や電子マネーのカードをタッチするなどして)押しボタン操作等をする事により、自動的に(=人手を介さずに)商品(物品や情報やサービス)を購入することができる機械である。代金を投入し、機械を操作すれば、商品を受け取り、(釣りを用意する機構が伴う機械では)釣りを受け取ることができる。

ただし、公衆電話機や娯楽機(ジュークボックスアーケードゲーム機など)は(サービスを無人で自動で提供しているものの)自動販売機の範疇には含めないのが一般的である小学館『日本大百科全書』「自動販売機」。佐渡勝利 執筆。

商品の販売者の側から見れば、自動で販売を行ってくれる機械である。人手不足や人件費高騰の対応策として効果があり、休日夜間も営業できる利点がある。自販機はロボットの一種であるとも言える。自動販売機は、商品の買い手の側から見れば、有人の店が閉まっている休日や夜間でも商品を提供してくれるわけである。

自動販売機の多くは電気式、もしくは硬貨の重量や購入者による操作による機構で作動する 株式会社ダイト

歴史

最初の自動販売機

世界初の自動販売機は、古代エジプトの寺院に設置された聖水を販売するための装置である。この装置は完全自動で5ドラクマ硬貨を投入すると、硬貨の重みで栓が開き、蛇口から水が出る構造であった。この記述図解はアレクサンドリアのヘロン著『気体装置(Pneumatika)』にある。しかし、ヘロン自身の発明なのか彼の師の発明を記述したものかは分かっておらず、この装置の発明者は不明である。また、どのくらい広く用いられていた装置なのかもよくわかっていない。

イギリス

現存している最古の自動販売機は、1615年のイギリスの煙草自販機で、居酒屋や宿屋に設置されていたものである。

イギリスでは1857年にデンハムの郵便切手自販機に対して、初めて特許が付与された。

アメリカ

アメリカ合衆国では1884年にフルーエンの自動引出装置に対して特許が与えられた。

1888年にはThomas Adams Gum Companyによってニューヨークプラットフォームに初めて設置され、ガムを販売していた。販売を促進するゲーム性を自動販売機に付加するアイデアは、1897年にPulver Manufacturing Companyによって小さなフィギュアオマケ付きのものが設置された。このアイデアは売買活性機(trade stimulator)として知られる新しい仕組みとして広まってゆき、スロットマシーンピンボールの誕生につながることになる。

1925年にはウィリアム・ロウによって異なる価格の多品種の商品を販売できる煙草自動販売機が開発され、一般にはこれによって近代自販機の歴史が始まったとされている。

日本

日本では、1890年明治23年)に、小野秀三による自動販売機の特許(1888年3月出願、特許第848号)と俵谷高七による自動販売機の特許(1888年12月出願、特許第964号)の2件の特許がなされた次代に継がれるものづくり 第2回 -「自動」を生んだ創造力 ヤマザキマザック、2017年5月19日閲覧。このうち俵谷高七は、郵便局からの依頼を受けて器具類を製作していた長州藩(現山口県)の下関の指物師で、1890年の第3回内国勧業博覧会への出品を果たした。俵谷の自動販売機には既にスラグリジェクター(偽貨排除)やコインリターン(売切時の硬貨返却)の機能が搭載されており、当時の欧米の機器にも見られない先駆的なものであった。俵谷が1904年(明治37年)に発明した「自働郵便切手葉書売下機」は、現存する日本最古の自動販売機とされ、逓信総合博物館に所蔵されており、また前述の煙草自動販売機が博覧会に出品されたことから、日本最初の自動販売機発明者としては俵谷の名前が広く知られている。

明治時代には様々な自動販売機が製作されたが、単発的・実験的なものがほとんどで、一般に定着するレベルのものではなかった。

1924年大正13年)には中山小一郎が、袋入菓子の自販機を製作し、これが日本初の普及型の自動販売機とされている。

1951年朝日新聞では、アメリカ特派員の記事として、ニューヨークタイムズ社のオフィスに存在したカップ式の清涼飲料水自動販売機が取り上げられている。25セント銀貨を入れると5セント銅貨が4枚お釣りとして出てくること、カップが自動的にセットされて清涼飲料水が定量出てくることが味気ないとして報じられており、同時期に日本にはこの種の販売機が存在しなかったもしくは一般的ではなかったことが伺える「アメリカあれこれ ロボット販売機の話 小銭文明の味気無さ」『朝日新聞』昭和26年10月21日3面

昭和30年代前半になると、自動販売機は物珍しい機械から本格的な実用化の時代へ移行した。

自動販売機は昭和40年代に急速に普及した。その要因として、1967年(昭和42年)に100円50円新硬貨(白銅貨)が発行されたことが挙げられている平成2年 国民生活白書 人にやさしい豊かな社会 第II部 技術と生活

特に1967年に、国鉄が合理化の一環として、都市部で近距離乗車券発行用自動券売機の全面的な導入に踏み切ったことが、大きな影響を与えたといわれている。

日本全国の自動販売機設置台数は、20世紀中は増加の一途を辿り、2000年平成12年)には560万台とピークを迎えた。21世紀に入ってから減少傾向に転じ、2007年(平成19年)末には日本自動販売機工業会の調査によれば540万5,300台でうち48.8%が飲料販売用、2008年(平成20年)12月末には526万台とその傾向が続いているもはや100円でも売れない……自販機不況に活路はあるか? - 1 / 2 Business Media 誠 2009年11月19日。自販機による売上も、2000年の7兆円から2008年(平成20年)には5兆7,000億円へと減少した。日本での購買者の比率は男性9:女性1とされる。日本国内で自動販売機の工業製品出荷金額が最も高いのは、三重県である。自動販売機の生産台数が最も多いのは四日市市飲料自動販売機国内第1位である富士電機の自動販売機(を始めとした食品系電気機器各種)の製造拠点である三重工場がある。で、年間で約12万台が生産されている。

ではキヨスクなどが閉店した後に利用客の不便を減らすため、または人件費カットを目的にキヨスクを自動販売機に置換している事も多い。また近年ではSuicaなどの交通系電子マネー支払い専用とした自動販売機も登場した。これは貨幣を扱う可動部を省く事で、機械の維持コスト低下に貢献している「現金お断り」の格安自販機 JR東が不振打開へ一石 日本経済新聞 2015年8月10日

分類・種類

自動販売機は大別すると物品自動販売機と自動サービス機に分けられる。

国際的なHSコードでは、自動販売機はほとんどが物品の自動販売機(847619)に分類され、飲料の自動販売機、その他の自動販売機、部分品に分類される(以下は加熱機能または冷蔵機能を自蔵するか否かのみの分類となっている)。

日本標準商品分類では非常に細かく分類されており、自動販売機及び自動サービス機(58)のうち自動販売機(581)に分類される。自動販売機は物品等自動販売機(5811)とサービス情報自動販売機(5812)に大別され、さらに以下に細かい分類が設けられている。

物品等自動販売機

一般には、冷やしたり温めたりした様々な容器(ペットボトル・紙パッケージ・カップ)入り飲料、カップめん菓子パン菓子類、煙草、雑誌新聞など保存の簡単なものが多い。また特殊なところでは、その都度に豆から挽いて抽出するコーヒー冷凍食品(焼きおにぎり、焼きそばなど)を内蔵電子レンジなどで温めて提供する自販機もある。麺類では、茹でられた麺を湯がいてからスープを入れて提供するタイプがある。カップ麺の場合は、湯で戻して提供され、箸がついてくるものもある。 }}。

関連項目

笑点』内の持ちネタで、「自動販売機下の小銭拾い」というものがある。
1000円自販機に挑戦する回が不定期に放送されている。
1000円自販機にひたすら挑戦するだけのコーナーが存在する。

外部リンク

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Category:外食産業

wikipediaより

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