農業協同組合(のうぎょうきょうどうくみあい、通称:農協〈のうきょう〉)は、日本において農業者(農民又は農業を営む法人)によって組織された協同組合である。農業協同組合法に基づく法人であり、事業内容などがこの法律によって制限・規定されている。なお、全国農業協同組合中央会が組織する農協グループ(総合農協)を、愛称としてJA(ジェイエー、Japan Agricultural Cooperativesの略)と呼び『日本の食と農』 神門善久著 NTT出版 2006年6月、略称として「JA○○」の呼称を用いている。
農協とは、法律上は生活協同組合(生協)と同様の「協同組合」の一種である。協同組合とは、資本主義社会の元で資本家に比べて弱い立場にある一般庶民が直面する様々な課題を解決するため、庶民が自主的に設立・運営する非営利組織である。したがって、協同組合とは経済事業体としての側面のみならず、社会運動機関としての役割も担っている。経済的弱者が社会改善のために展開する自立的・自主的な運動であり、こうした見方は協同組合のあり方としては定説となっている「戦後日本の食糧・農業・農村 第二巻 戦後改革・経済復興期」農林統計協会77-156頁。
しかし、日本の農協は農業共同組合法という法律を根拠にし、その成立の経緯を見ても国の農政の元で設立・育成がされており、協同組合本来のあり方である自主性・自立性に欠ける点がある。その一方で形式面のみならず、実態面として農民の自主的な互助組織としての面も備えている「戦後日本の食糧・農業・農村 第二巻 戦後改革・経済復興期」農林統計協会77-156頁。また日本の農協の特徴として、多様な事業を実施する(総合型)、農家が全員加盟する、農家以外の農村住民も加盟が可能である、行政が主導して結成された、などがある。
資本主義社会のもとで、農家は、規模の大きな取引相手に対して価格形成の面において不利な立場に置かれることが少なくない。そのような農家が共同して農産物の販売に取り組み、取引交渉力を高める点が農協の役割の1つであり、これは共同販売と呼ばれる。
農家の資本力は一般的に脆弱であり、一般の銀行や信用金庫では不十分な金融機能を農協は提供している。JAバンク等の農協の金融事業は、組合員の営農と生活に必要な資金を提供する事業であり、土地や農業機械の取得や運転資金、組合員の住宅ローンや生活資金の供給をしており、農家にとっては不可欠な存在である。また、農協にとっては金融事業は一番の収入源である。その原理は、組合員から預金を集め、資金が必要な組合員に貸し出すという機能を有しており、農家にとっては相互金融組織となっている。農協の金融事業は単協(市区町村単位)→信農連(県段階)→農林中金(全国単位)となっており、単協が組合員から集めた資金の2割は貸出金となるが、残りは信農連に集められる。その6割は農林中金に集められ、そこで有価証券や貸出金として運用される。
農協は基本的に組合員による出資金に限定され、総合事業体としての自己資本であることから、自己資本比率が高い。歴史的に、日本における協同組合の萌芽は農民互助的な金融事業であり、相互扶助の理念の元、農家自らの生産・生活を守り向上させる役割を担ってきた。金融事業は農協運動の原点であり、また農協の事業が総合的であることの意義は大きい。
江戸時代後期、農村指導者の大原幽学が下総国香取郡長部村(現・千葉県旭市長部)一帯で興した「先祖株組合」が、世界初の農業協同組合とされる。一方、近代的意味における農業協同組合の前身は、明治時代に作られた産業組合や帝国農会にさかのぼる。
産業組合は、ドイツ帝国の産業及び経済組合法をもとに、1900年(明治33年)に産業組合法が制定された。産業組合は、信用、販売、購買、利用の4種の組合が認められ、職業による組合員の制限はなかった。その後、農村恐慌への対応として1932年(昭和7年)に農山漁村経済更生運動が取り組まれたが、産業組合は産業組合拡充5ヶ年計画を樹立、「全戸加入」「未設置町村解消」「四種兼営」を掲げて、その拡充、定着に努めた。これによって農村における産業組合の農民組織率は大正末期の40%から1935年の75%に上昇、ほぼ全ての町村に四種兼営の産業組合が存在するようになった。
他方、戦前の農業団体として農会法(1899年)に基づく農会がある。農会は「農業の改良発達を図る」ことを目的として農業技術指導等を行い、会員の賦課金と政府からの補助金によって運営される半官半民組織であった。農会法は1922年(大正11年)に大改正を経て農政補助機関としての性格を強めた。組織的には地域内に一定の面積を所有する農業者を強制加入させ、市町村農会、郡農会、府県農会、帝国農会の段階制をなしていた。
その後戦時体制下の1943年、食料統制を円滑に進めることを目的に農業団体法が制定され、農会、産業組合、畜産組合、養蚕業組合、茶業組合が統合されて農業会が設立された。地方農業会として、市町村農業会、都道府県農業会が置かれ、全国段階には産業組合連合会が統合した全国農業経済会と、帝国農会と産業組合中央会が合体した中央農業会が置かれた。農業会の存在した期間は1943年から1947年までと限られていたが、その後の農協の設立が「農業会の看板塗りかえ」であったため、戦後農協の性格に大きな影響を与えた。
戦後の農地改革の一環として、GHQは農地改革で生まれた戦後自作農を守るための制度として、自主的で自立的な欧米型の農業協同組合の創設を日本政府に指示した。しかし、当時の食料行政は深刻な食糧難の中で、食料を統制・管理する必要があった。農林省は集落を単位とする農家組合等を構成員とする農協制度を構想してGHQと交渉し、1947年(昭和22年)に農業協同組合法(昭和22年法律第32号)が公布・施行された。こうしたことから、実際には農業会の組織、資産、職員を引き継いで戦後農協が発足した。農業会の解散期限が昭和23年8月とされたため多くの農協が短期間に設立された。その際に「協」を図案化した円形の「農協マーク」が制定された(地方の古い農業倉庫などに「農協マーク」が残っている場合がある)。1992年4月から「農協マーク」に代わり、「JA」の名称や「JAマーク」を使い始める。
戦後農協は、欧米型の自主的、自立的協同組合の理念を掲げながらも、実際には食糧統制、農業統制のための行政の下請け組織的性格が強かった。また事業運営にあたっても上部組織である連合会主体の運営がなされる傾向がある。さらに、戦後農協の性格を「協同組合」、「農政下請け機関」、「圧力団体」の複合体とみる見解もある。
2014年5月22日、規制改革会議は、「全国農業協同組合中央会(JA全中)が、法律に基づいて農協の経営指導などを行う」今の制度を廃止する農協改革案を提案した。しかし、議員からは「安易に組織をいじれば生産者の不安をあおるだけ」、「あくまでみずからで行う改革が基本だ」と、反発の声が相次いだ。一方、一部の議員からは「農協にもっと経営能力のある人材を登用すべき」とか「農協の販売力の強化は必要だ」という意見も出た。その為、自民党は、6月上旬を目標に目処に、生産者の所得を増やすための案をまとめるNHKニュース2014年5月21日 自民党 農協改革案に反発相次ぐ。なお、規制改革会議の農協(JA)改革案は、TPP交渉をにらんでの考えとされている東京新聞2014年5月20日 朝刊 首相、JA改革を指示 TPP視野 政府会議で議論。竹中平蔵は「外国人労働者を入れて農業を再生したい」という提案を拾い上げ、実現に向けて意欲を示している東洋経済2013年12月27日 竹中平蔵「アベノミクスは2014年が正念場」構造改革は進むのか。
2015年8月28日に成立した改正農協法では、TPP反対の一大抵抗勢力であったJA全中の法的根拠となる条文が削除され、特別民間法人から一般社団法人へと改編された。従来JA全中は、国の要請により行政の代行的な組織として制度上位置づけられてきたが、このような役割は無くなり、旧農協法にあった行政庁への建議権が削除され、農林中金に関しては株式会社への転換を可能にするよう金融庁と中長期的に検討する方針が掲げられた。
ここで進められた「農協改革」の要点は、
1.中央会制度の廃止と公認会計士監査の導入、つまり、中央会による監査権独占の排除を含む中央会改革
2.信用事業分離と農協の専門農協化
3.全農改革を中心とする経済事業改革
第1の論点については、JA全中の監査権行使が地域農協の経営を束縛しているといった建前で実施されたが、実際には、TPP反対運動の中心となったJA全中の弱体化を狙ったものと言われている。
第2の論点については、政府は、全国の農協信用事業を農林中央金庫に譲渡させ、農協はその代理店として金融業務を行うという案を示した。従来の農協は、日本型の総合事業を展開することで、収益性が比較的低い農業関連の経済事業に必要な資金投入を可能にしてきた。仮に農協から金融事業を分離させ、専門農協化すると、農家の負担は大きくなる。
第3の全農株式会社化の要求は、財界にとって農協の独占状態とみられていた農産物市場において、ビジネスチャンスの拡大を狙ったものである。しかし、本来農協は農家の自主的共同組織として設立された協同組合組織であり、株式会社化は利潤追求という異なる目的を達成することが求められることに繋がり、そうなった場合に、従来型の農協の販売事業を維持することは困難になると見られている。
その後2019年までにJA全中は一般社団法人に、都道府県農業協同組合中央会は農業協同組合連合会に移行した。
事業ごとに次の全国組織および都道府県域組織(農業協同組合連合会など)がある。なお専門農協は「専門農協」の項を参照。
各全国組織は、会員である単位農協および連合会が出資している協同組合組織(全国農業協同組合中央会および農林中央金庫を除く)であり、一般的な株式会社の親会社、子会社とは関係が異なる。最近ではJA全農と各都府県経済連の合併が行われ、全農本体の都府県本部が「JA全農○○(○○には都府県名が入る)」として経済事業、販売事業、購買事業の都道府県組織となる例も多い。
個別の農協(単位農協)には、総合農協(信用事業を含む、複数の事業を行っている農協)のほか、専門農協(信用事業を行わず(一部は信用事業を行う組合もある)、畜産、酪農、園芸といった特定の生産物の販売・購買事業のみを行う農協)もある。2021年度末において、総合農協数は585、専門農協数は999となっている 農林水産省 農協についての統計。
農地の集約、高齢化や後継者不足等による農家戸数の減少により、農業者である正組合員は減少している。離農後も、農協の事業を継続して利用したい者の増加や員外利用者対策による加入推進対策等により、非農業者である准組合員が増加している。そのため、平成21事業年度以降、准組合員数が正組合員数を上回る状況になっている。
平成30年度(農林水産省の総合農協一斉調査)においては、正組合員数約424.8万人に対し、准組合員数約624万人である[https://www.jacom.or.jp/noukyo/news/2020/03/200331-40978.php 正組合員6万人減る 77農協が当期損失金 30事業年度総合農協調査 農水省] 農業協同組合新聞 2020年3月31日。
2001年(平成13年)の農業協同組合法改正において、地区の重複する農協は、総合農協であるかないかにかかわらず、認められることとなった。この改正において、行政庁が設立認可をする際には、関係する市町村及び農業協同組合中央会に協議することが義務付けられたものの、その後になされた申請については、全て認可されていた。こうした状況を踏まえ、「地域の自主性及び自立性を高めるための改革の推進を図るための関係法律の整備に関する法律」(第3次一括法)(2013年6月7日成立、2013年6月14日公布)により、当該協議の義務付けは廃止された。
農協は、組合員の自主的な選択により事業範囲を決めており、多くの農協は、組合員が必要とするサービスを総合的に提供している。
そのほか、冠婚葬祭(主に葬儀(JA葬祭))事業、観光・旅行事業(農協観光)、不動産仲介事業、新聞(日本農業新聞)・出版事業、市民農園、郵便窓口業務の受託(簡易郵便局)、農機の販売・整備、自動車ディーラー、建築設計、自動車学校、有線放送、発電など、多岐に亘る。
これは、組合員たる農家の預貯金をほぼ一手に引き受ける豊富な資金と「農協」の信用力、組合員の互選で選ばれた組合長による文字通り「地域の発展の為」の事業展開の結果である。また、生活協同組合などと違い、信用事業・金融事業を兼業することができるなどの特権を持つことも理由である。
一方で、農協婦人会や青年部等による生活改善運動は、農村の食生活や生活改善など教育の場として発展して来た。また大規模かつ安定的な需要を目当てに、各メーカーが農協専売品を用意していた(JAサンバートラックなど)。事業内容が多岐に亘ることで「農協簿記」という特殊な簿記が用いられる。他業務をカバーする勘定科目を使い、なおかつ購買や販売等については、独自の勘定科目名称を用いる。
東京都御蔵島村の御蔵島村農協のように、地域農協だが信用事業を行っていない組合も存在する。群馬県上野村の上野村農協・東京都の東京島しょ農協・大分県の下郷農協のように信用事業だけ(上野村農協は、加えて共済事業も廃止の上で)譲渡し、信用事業・共済事業を廃止したところもある。
全県1農協を目指しての合併促進がされているところもあり、奈良県・和歌山県・島根県・山口県・香川県・宮崎県・沖縄県は、すでに実現した(香川県は、信連は県域農協に包括承継させていない、島根県は、JA全農島根県本部の一部事業譲渡を受けたが包括承継はまだ)。福井県と佐賀県は一部の農協が参加しなかったものの、大部分で実現した。
農業協同組合法によって定められており、農業生産力の増進と農業者の経済的・社会的地位の向上を図るための協同組織とされている。「平成24年度食料・農業・農村白書」においては、農協は、農産物の流通や生産資材の供給等を適切に行い、農業所得を向上させていくことが最大の使命であるとしている『平成24年度食料・農業・農村白書』 2013年6月。組合員の自主的な選択により、事業範囲を決めており、多くの組合員が必要とするサービスを総合的に提供する。加入者の大半が米作農家で、そのためJAは米を中心に活動を行っている。
組合員資格は、各農協の定款において定められ、一般的に、耕作面積や従事日数の要件を規定している。組合員は、正組合員と准組合員に分かれる。
資格 | 権利など | 備考 | |
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正組合員 | 農業者。農協の地区内に住所を有する農民、農業を営む法人 | * 組合員が一人一票の議決権を持つ。 * 役員や総代に選出される権利。 * 臨時総会を開く請求権。但し、正組合員の1/5以上の同意が必要。 * 組合の事業を利用する権利等。 |
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専業農家と兼業農家に議決権を公平にしたことで、効率的な農業の推進が妨げられてきたという意見もある。減反を参照。 | |||
准組合員 | 農業者で無くてもなれる | * 出資すれば、全ての事業が利用可能になる。但し、農協の地区内に住所のある個人。 | 准組合員に議決権を認めない理由は二つ。一つは、農業者で無い者に組合を支配されない為。もう一つは、地域の住民(旧産業組合・旧農業会に於いて構成員となることができた者)の事業の利用を認めるため。 |
公正取引委員会は、農林水産省と連携して、農業協同組合等の農畜産物の販売事業及び生産資材の購買事業の取引実態についてヒアリングを行うなど、実態の把握と検証を実施した。その結果、農業者は依然として大企業に伍して競争し又は大企業と対等に取引を行う状況にはないこと、農業者や単位組合は農畜産物販売及び生産資材購入について自らの判断で取引先を選択できること、適用除外制度があるために判断できない農業協同組合等の問題行為は特段認められなかったこと等から、平成23年4月までに、当該検証の結果としては、適用除外制度を直ちに廃止する必要はないとの結論に至った「規制・制度改革に関する閣議決定事項の実施状況の調査結果」(平成23年9月公表)。
総合規制改革会議では、JA組合員の状況、員外利用が問題視され、「規制改革推進3か年計画(再改定)」(平成15年(2003年)3月28日閣議決定)において、「組合員制度の実態、員外利用率の状況等を考慮し、法令違反等のある場合はこれを是正するよう指導するなど所要の処置を講ずる」とされた。これを踏まえ、農林水産省では平成15年3月に事務ガイドラインを改正して、員外利用規制に違反があれば所管行政庁(都道府県)が是正を指導するよう徹底してきた。これに沿った是正指導が行われることになり、指導を受けた組合を中心に、積極的に員外利用者を、准組合員として組合に加入させる対策を講じた。その結果、平成20事業年度には、すべて員外利用者は准組合員化される見込みとなった。
石田正昭(龍谷大学教授)は、准組合員の事業利用規制、ひいては総合農協の専門農協化を意図する2015年の改正農協法に対して、営農・経済部門が赤字で、信用共済事業に依存する構造を問題視すること自体を批判している。農協の経済部門の収支と、農家の所得は並行するものではなく、農家の所得と営農の持続を両立するためには、経済事業が赤字であっても持続できる従来の農協のあり方が優れているとし、対照的に、経済部門が黒字の単協でも専門農協では経営上のリスクが高くなり、信用共済事業がなくなれば農協経営は窮地に陥るとし、准組合員利用規制も同様の問題を孕んでいると述べている。
専門農協化を求める意見に対しては、農協は形式上、職能組合として規定されている一方で、地域組合の性質をもっており、そのような日本型農協の歴史的経緯を無視したまま、純化路線を強要することは、国際協同組合同盟(ICA)の原則にある、組合員への無差別配慮(第1条)や「地域社会への寄与」(第7条)という規定に反する、国際的標準を外れた時代錯誤的な考えであると述べている。
大田原高昭(北海道大学名誉教授)は、歴史的に見れば、日本はかつて専門農協の方が多く、戦後の農協法成立直後には、総合単協13796に対し、専門単協が22367で、当初は高度経済成長期の需要増を背景に専門農協が優れた実績を挙げていたが、貿易摩擦の影響で牛肉やオレンジなど各種農産物の輸入自由化が実現されると、多くの専門単協は経営不振に陥り、近隣の総合単協との合併を余儀なくされた。つまり、専門農協は不況に弱く、経営的に脆弱であったと説明している。
総合農協は日本だけの「ガラパゴス」なモデルではなく、韓国、台湾の農協も類似した組織構造をしており、かつて専門農協だったタイの農協も法改正を経て、総合農協に転換したと述べている。中国も同様の総合農協方式であり、さらに広大な国土に農家の一戸辺りの経営面積は0.6ヘクタールと小規模農家を多く抱えている。中国政府は欧州の専門農協モデルも研究しており、比較検討の結果、総合農協方式を採用(農民専業合作社)した。
国内で大規模農業を展開しても、地理的・地形的制約からアメリカやオーストラリアに匹敵することは不可能であり、発展途上国の労働コストに勝つこともできない。それよりも日本独自の高品質と安全性を両立した農産物の生産体制をより強化することが必要であり、それは企業参入によって実現するものではなく、精緻な管理ができる小規模の独立自営農家に利があるとしている。
田代洋一(大妻女子大学教授)は、准組合員利用規制が農協の経営に致命的な影響を与えるとしており、特に正組合員より准組合員の貯金額が大きい都市近郊の単協の事業量減少率は大きく、壊滅的打撃を受け、それは、信用事業のみならず共済や生活事業にも悪影響を与え、さらに県信連や農林中金、全共連等の連合会の事業量の減につながる。いわば、准組合員利用規制は、農協のシェアを別業者に移転することを狙ったものに過ぎない。
総合農協としての事業展開については、日本の農業経営は、生産と生活が一体化し、兼業農家が多く農家と非農家の間が連続的で、狭い国土で農家と地域住民が混在してきた歴史的・地理的経緯があり、総合農協は、農家のみならず、地域住民の需要にも応える必要がある。このような経緯を考えれば、農協の員外利用は制限されるべきでなく、オープンである必要があり、つまり、農協の総合事業は公共性を持ち、逆に言えば、利用規制は公共性に反する。
増田佳昭(滋賀県立大学教授)は、准組合員への金融事業規制の背景には、財界や米国企業のロビー団体である在日米国商工会議所が唱えるイコールフッティング論、つまり、「対等な競争のための条件の同一化」を求める意見があるとしている。イコールフッティング論には誤りがあり、JAバンクやJA共済のような農協の金融共済事業は、銀行や保険会社と同一の競争条件にあるわけではなく、むしろ不自由な規制をかけられ、不利な面もある。農協には、組合員制(メンバーシップ)と地域制(ゾーニング)による制約があり、事業利用に先立つ組合員加入の手続きが必要なだけでなく、組合員を対象にした金融サービスに限定され、営業活動が単協の管内に限定される地域制は、非常に厳しい制約である。さらに、農協の総合事業を地域政策の一部として捉える必要があるとし、収益力の高い金融共済事業、収益性が中程度の卸売業・小売業を組み合わせることで、農林業という低収益産業を支えることができ、こうした総合経営体が地域に存在することで、雇用が創出され、地域経済、地域社会が支えられていると語る。そして、地方が疲弊し、地方創生が唱えられる中で、地域に根ざした金融機関である農協の金融事業を解体して、全国統一の金融機関にすることが社会的に正当性を持つか疑問であり、准組合員制度に対する攻撃への対処も兼ねて、地域に必要な資金供給をより強化することが必要であるとしている。
有坪民雄(農家・作家)は、農協は地方のインフラを担っている側面が強いとし、准組合員の員外利用を制限しようとする意見に対して、地方を根本的に破壊しかねない愚策であると批判している。農村部の金融機関は郵便局と農協しか存在しない地域も多いとしている。さらに農協の小売部門であるAコープやガソリンスタンド(JA-SS)、農協の医療機関などがカバーしている地域も多いとし、仮に員外利用を規制した場合、多くの住民に多大な不便が生じることが容易に想像できる。員外利用制限とは、財界の一部が競争相手を排除しようとしているに過ぎないと主張している。
山下一仁(元農水官僚、キヤノングローバル戦略研究所研究主幹) は、戦後の日本における農業協同組合(JA)の起源は、終戦直後の深刻な食糧難に遡る。政府は「食糧管理法」に基づき、農家からコメを買い上げ、国民に安価で配給する体制を敷いた。この制度施行から農業協同組合(JA)の間、農家の多くが高く売れるヤミ市場へ売ったため、配給コメ不足が問題になった。ヤミ市場の米流通を防ぐため、戦前の統制団体を再編し、政府主導で整備した「農協」が現在のJA農協の原型である。農協はコメの集荷・供出を担い、配給制度が維持された期間中、およそ95%の市場シェアを占めた。日本のJA農協は、生産品目を問わず全農家が加入し、農業に加えて金融(信用)、保険(共済)、購買、販売など多岐にわたる業務を展開する「総合農協」として発展した。日本においては、銀行業は、不動産や製造業等と兼業すること禁じられている。しかし、JA農協(および漁協)は「銀行・保険業務を兼業できる法人」として、例外に認められた。
これによって、農協(農林中央金庫)は、日本政府から支払われるコメ代金を農家に渡す前にコール市場などで一時運用することで、金融収益を得る仕組みの構築をしている。その一方、欧米諸国における農協は、日本農協とは異なり、酪農や青果など品目別に組織されており、生産資材の共同購入や農産物の販売に特化した「専門農協」である。また、日本独自の制度として、JA農協には「准組合員」が存在する。これは地域住民であれば農業従事者でなくても加入可能とした制度で、信用事業や共済事業などのサービス利用は可能だが、農協の意志決定への参加権は持たない。他国の協同組合には類を見ないこの制度は、「利用者自身が運営に関与する」という協同組合原則とは乖離していると述べる。
神門善久(農業経済学者)は、正組合員資格は、本来は農業者のみへと限っているはずだが、実際は「すでに離農した者」が多く存在しており、「土地持ち非農家」などがその代表格となっている。准組合員においては、転居や死亡等で本人の所在が確認できない場合も、含まれる。組合員が資格を満たしているかのチェックは、ほとんど行われていなかった。その結果、2000年代には、本来であれば資格を持たないはずの組合員が、100万人は存在する、としてJAの組合員資格や管理の問題を指摘した。
日本の農業における2つの路線として、農協、兼業農家や零細農家の保護のために「減反政策」的制度と現行構造を続けるという意見、それか一定規模の専業農家(主業農家)のみ支援で専業農家と消費者のための制度にするという意見がある。
山下一仁(元農水官僚。キヤノングローバル戦略研究所研究主幹) は、2025年時点の日本の米価は上昇傾向の報道に対して、1ヘクタール以下の零細農家に焦点を当てたに基づいている問題を指摘した。零細農家は戸数ベースでコメ農家全体の52%を占めるものの、水田面積ベースでは8%程度にすぎず、統計上は農家の過半数を占めるものの、実際の生産における比重は圧倒的に小さい。 一方で、主に稲作を生業とする「主業農家」や大規模農家にとっては、高米価は必ずしも好ましい状況ではない。米価の上昇により、国内では外国産米が関税を払っても相対的に安価になることで輸入量が増加し、結果として国内外双方での需要縮小が懸念されている。実際、2025年1月には外国産米の輸入量が前年年間実績(368トン)を上回る523トンに達している。日本における農業政策が米価に固執する背景として、JA農協(農業協同組合)の存在が指摘されている。 国際的には農業所得の確保は、日本のような「価格支持による所得補償」には価格支持に消費者負担が大きく、価格メカニズムを歪める問題があるため、「直接支払い(ダイレクト・ペイメント)」を通じて行うことが主流であり、OECD(経済協力開発機構)なども後者を支持している。 特にコメにおいて、日本では「高米価維持」が農政の主軸なのが問題となっている。 JA農協は、日本の肥料市場の8割、農薬・農機市場の6割を占めており、農業事業に加え、信用(銀行)・共済(保険)などの金融事業を行っており、その運用資産規模はメガバンク級に達している。JAグループの金融部門である農林中央金庫は、日本国内でも有数の機関投資家である。日本の農業の衰退とは裏腹に、JAグループが金融資本として成長してきた背景には、高米価維持や減反政策が寄与していると説明する。